(クリスマストリーはほかのクリスマスの習慣のほとんどと同じように元々キリスト教とはなんの関係もないよ。)
さらに考えたら、夏の Documenta で実際に日本人が開発した「クリスマストリー」を見たことを思い出した。田中敦子の作品は「ワンピース」といわれても...
そして本当にあった!タイア・ガーデンのゴジラ!古タイアでできた珍しいプレイグランドに聳えるゴジラは本当にびっくりするほど大きいよ。やっぱりちょっと変わった町だね、蒲田。
もう一つの本は工作舎のカメラマンだった岡田正人が30年も撮り続けた、世界的に有名なダンサーの田中泯の豪華な写真集、「田中泯 海やまのあひだ
まず、日曜日見たのは、あの問題のあるコンペティションに登場したフランスの若手監督の Jérôme Bonnell の新作、「誰かを待ちながら」 (J'attends quelqu'un)。とても僕の趣味の映画だった!ストーリーといったストーリーは特になくて、「アクション」や大げさなドラマもまったくなくて、ハリウッド映画の正反対の種類の映画なので、わからない人はさっぱりわからないだろう(そういったわからない人によるこの映画の批評をネットでいくつか読んだ)が、ボネル監督は「エリック・ロメールっぽい」といったら、そんな趣味の人がすぐ納得すると思う。大きな展開がなくても出てくるのはフランスの小さい町の何人かの偶然の出会いやお別れ、日常の中のちょっと不思議な出来事、人生を考えさせる場面のいろいろ。カフェを経営するおじさんとその「レンタル恋人」の切ない関係(「客と娼婦」といったら、なんかレベルが下がりすぎる)、学校の先生をやっている女性とそのだんなさんが偶然に拾ってしまったクマのような大きくて黒い犬の話、そして町に久しぶりに戻った、秘密のある無口の若者の話... とても静かな映画だから賞は取らないかもしれない(特に去年のグランプリは(まったくのクズの)フランス映画だったこともあるから今年はフランスの番じゃないだろう)が、今年で30歳の若さでの監督の人生の洞察力に感心した。
昨日は「アジアの風」のシリーズの映画を2本見た。そのシリーズはいつも僕にとっての映画祭の目玉になっている。香港や韓国の映画はだいたいあとでDVDなどでも見れるが、それ以外の東南アジアの(映画的に言えば)もっと「マイナー」な国の作品をここで見逃せば、後で見るチャンスはも二度とないことが多い。少なくとも読める言語の字幕では。(実際に、去年、おととしとさらに前から見ようと思ったけど結局見なかったが、その後ずっと探している作品は何本もある。やっぱりマイナーすぎる。)
台湾の映画のあとは、本当は気に入りの香港監督の Pang Ho-Cheung の新作を見たかったが、完売だったので代わりによりマイナーなマレーシア映画の「ダンシング・ベル」にした。天気もよかったからちょっと迷っていたけど、これぞここで見ないともう二度と見れないような映画だから見ることにした。それが正解だったと思う。やっぱり低予算(ビデオ撮影)で作られた映画で、普通の映画館で公開されることはまずないと思う。それなりに楽しくて、ほのぼのした映画だったのにね。ストーリーはマレーシアのクアラルンプールの郊外に住むタミル系の貧乏な家族の話だが、たぶん東南アジアやアフリカなどのほとんどどこでも通用するんじゃないかと思う。11歳の娘は民族舞踊のダンサーにあこがれいて、お兄さんはオートバイを買いたいがお金がない。そして暴力的なだんなを追い出した花売りのお母さんはがんばって、なんとか生活費を作ったりする。これもやっぱりとても静かな映画で、アクション的な展開が可能な場面(というか、普通の映画なら絶対にアクション的に展開する場面)もあるが、監督はそんな展開をあえて避ける。たとえば、お兄さんはちょっぴり不良の仲間と一緒に人の車を「かりる」が、クラッシュしてしまう。でもクラッシュそのものが映らない!その賠償のために引ったくりもするが、やっぱりチンピラになりたくないからその展開も始まらないうちに終わってしまう。でもそれでいいんじゃにですか。とにかく、いくら貧しくても、この映画に出てくる人々はみな上記の台湾の映画(やそれに似たような最近の日本の映画)の甘やかされた都会の若者よりも生命力がある。
次は土曜日。新宿で行われた今年のスペイン・ラテンアメリカ映画祭を見に行ったが、そのまえに久しぶりに大久保によることにした。
(アメリカのバンドだが、60年代のカンボジアのポップスのカバー曲ばかりをやっている、もちろんクメール語で。すごくかっこいいよ!バンドのリンクのところにその映画の予告編を見ることができる)。
また、藤森さんの tea house である tree house の原型のようなものをこのあいだラオスで見たよ!(藤森さんも同じようなものを見たのかな?)ある半人工的な民族村(半分、その民族が住んでいる博物館のようなもので、半分「エコ・リゾート」)の間中に建っていたが、実は村のラブホテル!...とはちょっと言いすぎか。