Friday, October 31, 2008

ULTRA

青山のSPIRALで今(3日まで)ULTRAという、25人の若手のキューレーターによるアートフェアが行われている。1人1壁を使って、あまり広くないスペースにあれだけたくさんのアートがよく入ったな、とちょっと感心した。ただ、狭いからあまり大きい作品をほとんどだれも出してこなかったし、強いインパクトのある作品もあまりない。でもまあ、いいや。場所は場所(青山)だから、「ファッション」や「アクセサリ」としてのアートでもいいかもしれない。


また、9階には値段の高目の作品を集めた「VIPルーム」もあった(初日だけ?)。「集めた」といっても、11点しかなかったが、それよりもあそこは普段なかなか入るチャンスがない会員制のラウンジで、展示されているアートよりも部屋そのものに感動した(写真を撮ることを忘れたぐらい)。豪華なアール・デコの窓やソファは80年代の建物というより80年前の建物の感じ。庭園美術館にあって不思議じゃない部屋がスパイラルにあって不思議だ。

でもフェアの中に新しい発見はやっぱり一つあった!CASHIのサガキケイタさん。一見普通に見える(実は僕も最初は数回前を通ったが、何も気がつかなかった)が...

... すぐ近く(20センチぐらい)から見ると、いろいろ見えてきて、実は相当変わっているんだ。
面白い!この人の7日からの個展も楽しみだ。

Thursday, October 09, 2008

ぶーりん家の姉妹

The Other Boleyn Girl という映画がまもなく日本に公開されるらしい。いい映画かどうかわからない(たぶん僕の趣味じゃない)が、日本語名を始めてみたときくすっと笑ってしまった。こんなことを考えたのは僕だけかな?

Sunday, September 28, 2008

The Twittering Machine



昨日の夕方、たまたま藤沢で電車を乗り換えたとき、駅前のある木に無数(数千羽?数万羽?)の鳥たち(鳩?)が集まっていた。ものすごい勢いで飛んできたり、猛ヴォリュームで鳴いたりして、不気味なくらいだった。あの木にはなにがあったのだろう。えさになる好物の虫の群れ?それともあそこは鳩たちのラブホテル街なのかな?不思議だった。

Tuesday, September 16, 2008

Yokohama Triennale

第3回の横浜トリエンナーレのオープニングへ行ってみたが...

なにを言えばいいのだろう。なぞの多い展覧会だが、いったいだれのため?

有名なアーティストはたくさん出ているが、その選択は不思議。カタログをチラッと見たら、アーティストの半分は「ニューヨーク在住」。残りのアーティストのなかにも北米系のアーティスト、あるいは「ロンドン在住」やせいぜい「ベルリン在住」が目立っている。アフリカや東ヨーロッパのアーティストはぜんぜんいないし、アジアのアーティストも少ない。もっとひどく、「横浜在住」のアーティストは一人もいないんじゃないですか!ここはアメリカのどこかじゃなくて横浜だろ?横浜をテーマにしたアーティストさえいない。それぞれのアーティストを選ぶ理由があったとしても、そこまで偏っているとおかしいぞ!

実は「なにがあるのか」をいうよりも、「ない」ものを並べたほうが早い。
  • たとえば、若手の日本人のアーティストがいない。出ている日本人のアーティストでさえ主に60年代、70年代、やっぱりニューヨークで活躍した人が多い。
  • 第1回のバッタや第2回のコンテナーの門のような目印がまったくない。それどころか、パブリックアートが全然ない。
  • 「素人」でも素直に楽しめる作品や笑ってしまう作品がほとんどない。(例外は以下の Pedro Reyes ぐらいかな)。そういえば、ひねくれでもよかったが、ユーモアがまったく足りない!
  • Time Crevasse という、かなりわかりにくいスローガンからは去年のドクメンタのような展覧会を目指したことを推定できるが、ドクメンタほど大胆でも派手でもない。むしろびっくりするほど地味だ。
  • 内覧会のとき、第一会場の「新港ピア」の一番最初に入る部屋にはなにもなかった!チラシには「ヨナタン・メーセ」と書いてあったが、まだできていないモデルルームの感じだった。道理でみんなの第一印象が非常に悪かった。実は二日目になって、メーセさんはやっと(僕が見なかった)パフォーマンスであの空っぽのスペースをいろんな「ガラクタ」で埋めたが、遅いじゃない?もっと奥のほうの部屋ならはともかく、入り口からすぐの部屋でしょう?キュレーターたちはいったいなにを考えたのだろう?そもそも、今回はパフォーマンスを重視すると言っているが、それはそれでいいとおもうが、問題はパフォーマンスが行われていないとき、そのスペースには何があるのか、ということ。お金を払った人は空っぽの部屋やアーティストが別の日に使う日曜大工の道具なんかを見たくないのは当たり前じゃない?
  • あと、これは愚痴かもしれないが、オープニングレセプションには政治家の自画自賛のスピーチなどはあったが、食べ物が出なかった!僕のようにお昼から歩き回った人も、明らかにレセプションの豪華なビュッフェを目当てにやってきた人たちも、みんながおなかがすいていた。もともと今回のトリエンナーレに関してかなり厳しい意見をしかもっていなかったのに、空腹のせいでその不満がさらに高まって、みんなが早めに帰ったり、別のところに食べにいったりしたからちっとも盛り上がらなかった。また、キュレーターたちはいったいなにを考えていたのだろうか。
「ない」ものをおいておいて、結局あるのは、かなりわかりにくくて、地味な作品。僕は決して難しい作品がだめだと言いたくないし、思ってもいないが、「(時間さえあれば)解説を読んでおけば面白いかもしれない」というような作品が多いのに、時間の問題どころか、解説のチラシもないし、トリエンナーレのガイドブックにもたいしたこと書いていないし、スタッフに聞いてもなにもわからない(なにも知らされていない)からまったくしょうがなかった。(そこがまたキュレーターたちの大きなミス。たくさんのボランティアをせっかく集めたのに、作品の内容、アーティストの狙いなどについてなにも教えてあげなかったみたい。結局、日本の美術館のいつものつまらない調子と同じで、観客がインターアクティブなはずの作品にさえ絶対に手を触れないことにすばやく注意すること以外、役割は特にない。もし僕がボランティアだったら、それで満足しなかったよ!ある作品と一緒に何時間も過ごさなきゃいけないなら、その作品についてもっと知りたいのは当たり前じゃない?それとも当たり前じゃない、今の若者にとって?まぁ、まだ始まったばかりだからこの点はまだよくなるかもしれない。)
といわけで、作品の意味やアーティストの狙いがぴんとこないなら、結局「どうでもいい」で終わってしまう。もったいないじゃない?



まあ、文句はそこまで。いい作品ももちろんあるよ。

まず、唯一笑った部屋はペドロ・レイエス (Pedro Reyes) の二つのインスタレーション。
片方は Fischli & Weiss へのオマージュの熊とネズミのぬいぐるみだが、よく見ると息している!

Pedro Reyes’ breathing hommage to Fischli & Weiss

(残念ながら、Fischli & Weiss 本人たちのビデオインスタレーションには頭が痛くなるような余計なカメラの動きが多すぎて、あまり見ていられなかった。楽しみにしていたのに、がっかりした。)
レイエスの部屋のもう一つの作品は"Baby Marx"という、共産主義の歴史を超ばかばかしいSF人形劇(!)の映画としての予告編。

Baby Marx

スティーヴン・プリナ(Steven Prina) の新港ピアのインスタレーション はぴんとこなかったが、土曜日のパフォーマンスはすばらしかった。プリナさんは16ミリの映画とその中の音楽に合わせてピアノを弾いたが、フィルムは途中で終わって、手で巻き戻されて再び始まったとき、プリナさんのタイミングがぴったり合っていた!ありえない!そんなのをわざとやろうとしてもまずうまく行かないから本当に毛が立つほど神秘的だった。あとで、映像を作ったマティアス・ポレドナ (Mathias Poledna) とちょっと話したが、プリナさんと一緒やるのがそのときが初めてだったって!また、映像に出てくるなかなかいい曲は1970年ごろ、Harry Nilsson という歌手が歌っていた "City Life" という曲なんだけど、昔の音源はマルチトラックじゃなかったのでそのまま使えなくて、曲をこの映像のために録音しなおして、歌っているのは実際に映像にも出ている Jason Falkner という、いまのシンガーソングライター。だれかがパフォーマンスを最初から最後まで(30分ぐらい)を撮ったといいな。


City Life with Steven Prina on piano, and Jason Falkner singing in the film by Mathias Poledna.



ずいぶんきれいになった旧BankART NYK (カタログに使われているのは正式の名前の「日本郵船海岸通倉庫」とあまりにもくどすぎる。役所の調子に乗るなよ!)のほうでは1階にあるヘルマン・ニッチュ (Hermann Nitsch) の部屋がすごい!60年代から続いている、数日にわたる、牛のいけにえもあり、十字張りもありの「お祭り」で有名だが、壁にはその記録写真やビデオが映っていて、奥のほうにはお祭りに実際に使われた、血まみれの道具やキリスト教の神父の服などが置かれている。映像はかなり強烈なので、入り口に注意文も貼ってあるし、係員も入ろうとする人をわざと注意するが、そのおかげでむしろ好奇心が沸いてきて、入る人の数が増えた、と中にいたニッチュ氏の代表がいたずらっぽい表情で説明してくれた。
Part of Hermann Nitsch's very powerful installation

ニッチュのインスタレーションは血も、内臓も、気持ちも、すべて本物。それに対して、3階にあるポール・マッカーシー (Paul McCarthy) の大きなインスタレーションはうるさいだけだ。人形の足が切断されて、ケチャップが飛ぶなんて、くだらなすぎるよ。本物に対してのハリウッド板だね。
大物として期待されたマッシュー・バーニー (Matthew Barney) も普通のテレビ画面に映るビデオしか出してこなかった。(これではキュレーターたちもがっかりしたでしょう。)彫刻もなければ、画面の前に座るベンチさえないし、不親切なことにビデオの長さ(数分?それとも数時間?)も表示されていないので、すぐ退屈になってあきらめた。(もととも、個人的にマッシュー・バーニーの映画は非常に退屈だと思っているが。すごいイメージがいっぱいあるから、映画の写真集が結構好きなのに対して、映画のほうは眠ってしまうのか、早送りで見る。(実は4倍速が適切なんじゃないかと思う。)イメージだけで映画にならないよ。動きもなければ、動画じゃないよね。)

1階のヘルマン・ニッチュの部屋の隣にある勅使河原三郎のインスタレーションおよびパフォーマンスの空間も悪くなかった。ただ、本人がそこに踊っていないときはどうなっているのだろう。音とグラスだけだとあまり面白くないかもしれない。


Teshigawara Saburo strutting his stuff on crushed glass



今回のトリエンナーレのとてもいいアイディアのひとつは横浜の名所である三渓園を一つの会場として使うことだと思う。実は、僕が会場の中ではそこが一番気に入った。元々散歩するのが楽しくてきれいなところだし、公園の中にある古い民家や茶室に「アート」が入るとさらに楽しくなった。ただ、問題なのは三渓園はアクセスが非常に不便で、ほかの会場から極端に離れているところにある。初日だけは新港ピアからのシャトルバスが1時間おきに出たが、それでも片道30分かかってしまった。それ以降は市営バスしかないので、もっと時間がかかりそうだから、行かない人も多いと思うが、それは大きな損だ。やっぱり行くべし!
三渓園には作品がそんなに多くないが、たとえば今回僕が結構期待していた霧の彫刻家(!)の中谷芙二子の作品はがっかりさせなかった。公園の中の谷のようなところに、ときどき濃い霧が発生して、そして怪しげなピンクのライトで中から照らされて、ちょっと幽霊っぽくなっている。不思議だった。風向きが湿度などに反応するセンサーで動いていて、実はかなり複雑な仕組みらしいが、一時的なパフォーマンスじゃなくて一応期間中にずっと動くという。(ただ、風向きによって霧がすぐそばにある、内藤礼が使っている部屋にも入ってしまって、元々「見えるか、見えないか、本当になにかがそこにあるのか、それとも幻か」のような内藤さんの作品が霧の中に消えてしまう、というクレームがついたそうだから、止められるときもあるかもしれない。)
Installation in Sankeien by fog sculptor Nakaya Fujiko



でも今の横浜に開催されるのはトリエンナーレだけじゃない。いろんな関連イベント(というか、同時開催のイベント)もある。たとえば、BankArt Life II 展には、トリエンナーレに足りなかった遊び心が逆にあふれている。トリエンナーレには全然いない若手の日本人のアーティストはZAIMの The Echo展に集まっている。そしてなんといっても、トリエンナーレにはないパブリックアートは(4日間だけとは言え)横浜美術館の前の空き地に展示されて、夜はライトアップされた。在日ドイツ人の彫刻家のフロリアン・クラール (Florian Claar) のこの「彷徨えるオランダ人」は本当にすばらしかった。これこそがトリエンナーレの目玉にも、話題づくりの目印にもなりえたのに、キュレーターたちは身近なものに全然目をむかないで、ニューヨークばかりで探していたでしょうね。(そして候補に上がったものはあまりにも高すぎて、スポンサーがつかなくて、結局断念せざるを得なかった、といううわさ... ああ。)

Florian Claar's absolutely stunning Flying Dutchman
- Much better than anything in the Triennale itself!

結論は、この秋の横浜のアートイベントを総合的に見ると、かなりすごいよ。ただ、残念ながらその中には中心になるはずだったトリエンナーレこそが一番弱いリンクかもしれない。アートが好きな横浜の市民として非常にくやしいことだ。
それでもいつもアートを見に行っている人たちは当然行くべきでしょう。自分の目で確かめるべきだ。(だが1日で全部見れると思わないほうがいい。)
しかし、アートの通でない、一般の人に進めたいかと聞かれると、ちょっと微妙だな...

Friday, September 12, 2008

As for the Ingurish

This particular piece of drivel appears on the door to Omotesando Hills, one of Tokyo's snottier purveyors of bling for the nouveau riche. As the motto for this emporium seems to be "Abandon all money, ye who enter here," one would have thought that they could have afforded a competent translator as well. Not so. In fact, the real message is that they couldn't care less.

Sunday, August 31, 2008

アイスクリーム論:2

このまえ、横浜の赤レンガで全国から集めた100種類もの珍しいアイスクリームのフェアーをやっていた。まあまあ普通のフルーツ系のものももちろんあったが、目立っていたのはなんといっても「ゲテモノ系」のほうだった。横浜の名物の「ばしゃみちアイス」ならぬ「ばさしアイス」とか。馬刺しだよ!秋刀魚のアイス、イカのナイス、牛タンのアイスなど、どう考えてもおいしいはずのないものが驚くほどたくさんあった。
Rather unexpected ice cream flavors.
From top left: sharkfin, raw horsemeat, beef tongue, shrimp.
Soy sauce to pour on ice cream

その中で試したのはうなぎのアイス。まあ、うなぎ(のタレ)は元々かなりケーキっぽい味だから、そんなに無理な味じゃないと思う。うなぎパイなどもあるしね。そして食べてみたら実際に結構うまかった!うなぎはどれくらい入っていたのかは不明だ(すくなくとも固まりはなかった)が、タレの味はしっかりしていた。ちょっともったいないのは、カップの外側に山椒のパックがついていたが、それに気がついたときはもうアイスを食べ終わっていた。かけたらさらにおいしくなったかもしれないから残念だった。また食べるチャンスがあるのかな。
Very tasty eel ice cream
山椒といえば、スウェーデンには Mjuk pepparkaka という、スパイス入りのシフォンケーキがある。とても庶民的なケーキで、普通はカーダモンやシナモンが入っている ("peppar" は湖沼の意味だが、湖沼こそが入らない)が、僕は昔、山椒で作ってみたことがある。やっぱりおいしかった。(ガラム・マサラもOK!)こんどはうなぎのタレで作ってみようかな...

そして変わったアイスクリームといえば、今夜見た映画、João César Monteiro監督の "A comédia de Deus" (「神のコメディー」、1995年、たぶん日本で未公開)、にはMonteiro自身が演じるアイスクリーム職人(およびスケベオヤジ)の主人公は陰毛のアイスを作ろうとしている。さすがにそれは横浜のフェアーに売っていなかった。
アイスクリーム作り(牛乳風呂で)

Monday, August 04, 2008

The Bat Tattoo

Russell Hoban という結構好きな作家がいる。子供のための本で有名らしい(amazonなどで検索するとそっちのほうばかりが先に出てくる)が、それらを読んでいない。僕が興味を持っているのはもちろん彼の大人向きの本だ。しかも、それは今風の幼児な「大人」のためじゃなくて、人生のいろんな経験をつんで、たくさんの本も読んできた人のためだ。短いけど、奥が深い。(最近、珍しいよ、そういうの。)
  この10年ぐらいの彼の小説にはいろんな共通点がある。(お互いに似ているともいえるが、ほかの作家の小説にはあまりにていない。)主人公はだいたい中高年の美術館系の仕事(評論家、学者、人形職人など)をしている一人暮らしの男性(やもめ、離婚者など)。美術館へ行ったり、町をぶらぶらしたりするけど、とにかくよく考える人。それぞれの主人公は女性に出会うが、ドラマチックな恋愛ものじゃない。あくまでもホーバンさんが興味を持っている(場合によってかなりおたくっぽい)話題(クラシックから現代までの美術、音楽など)の議論が主人公たちを通してメインテーマになるが、ホーバンさんの独特なユーモアと不思議なほど軽いタッチでちっともくどくならない。

その中には2回も読んだ The Bat Tattoo (「蝙蝠の刺青」の意味だが、和訳は今のところなさそうだ)という2002年の小説がある。47歳になった主人公は肩に刺青を入れようと思って、模様にはロンドンの Victoria & Albert 博物館にある古代中国の陶器の器の蝙蝠を選ぶ。(そしてその蝙蝠を見つめながら、やはり肩に同じ蝙蝠の刺青がある女性と出合って、やがて交通事故用の人形をテーマにした彫刻家になるが、小説の第一課はここで読むことができる。)
  その器は本当にあるのか、それともホーバンさんが「勝手に」考えたのかは前からちょっと気になって、もし本当にあるなら見てみたいな、と思って。このあいだのロンドンでV&Aに確かめに行った。本に書いてある所有場所の Level D は(今?)ないが、中国の陶器のセクションへ行ったら、見つけた!解説の "Lobed bowl, painted with bats, a symbol of happiness. Mark and Reign period of Yongzheng, 1722-1735" は小説とまったく同じだったから、間違いなし。器はたぶん移動されたし、ホーバンさんが小説を書いたときと同じ方面が前にあるかどうかはわからないが、主人公が気に入るのは下の、上へ飛ぶ「やる気満々の幸せそうな蝙蝠」だ。確かに刺青として悪くないかも。
  なお、蝙蝠は中国では幸せを意味するのはただ発音(の最初の部分?)が同じだからだけだそうだ(つまり「幸福」の「コー」)。僕は中国語ができないからどこまで同じなのかははっきりわからないが。

(ちなみに、僕は刺青なんかがないよ。「若い子」はびっくりするほどみな持っているみたいだけど、40代(かかそれ以上)の人にはちょっと... という感じだよね。でももし入れるならやっぱりブタかな。)

Monday, July 28, 2008

アイスクリーム論

Cinnamon and poppy ice cream (Malmö)
シナモンとケシの実のアイス(スウェーデン)

Lime and rose petal ice cream (Paris)
ライムとバラの花のアイス(パリ)

旅行するとよくアイスクリームを食べる。暑いときにはおいしいし、面白そうな種類もたくさんあるし、そしてなんといってもどこでも売っているから食べたい気持ちがすぐ沸いてくる。
ところが、日本に戻ってきてから考えたが、どうして日本にはアイスクリーム屋さんはあんなに少ないのでしょうか。こんな暑い日にこそ食べたいのにね。ヨーロッパには商店街や広場、公園やビーチ、ショッピングモールやイタリアンカフェなどにはかならずといっていいぐらいあるから、探す必要もなく、振り向けばそのへんにある、といった感じだ。しかも、どこかの大きな工場で作られたつまらないワンパターンのものじゃなくて、自家製の、その場でしか食べられないものが多い。(そっちのほうがずっとおいしいから。)
それに対して、日本では自家製のアイスクリームを売っているところが圧倒的に少ないだけじゃなくて、そのほとんどはデパチカの片隅とか目立たないところばかりにある。ヨーロッパと違って本当に探す必要があるのだ。でもいったいどうして?アイスクリームが嫌いな人のことはあまり聞かないよね。
やっぱり一つの大きな違いは、ヨーロッパではアイスの食べ歩きは当たり前で、小さなスタンドでアイスを買って、そしてスタンドから離れて歩きながら食べるのか、近くのベンチなどに座ったり食べるのか。日本人はアイスの「お店」でアイスを買って、そしてそこから離れないでその場で食べる。つまり、アイスクリームを売るところは客席(あるいは少なくとも数人の客さんが立って食べることができるスペース)も確保しなきゃいけない(本当にそんな法律があるのか、それともただの習慣なのかわからない)ので、経営が高くつく。でもつまらなくない?暑い日においしいのにね。

Wednesday, July 23, 2008

Taxidermy

旅行の途中、変な剥製を見た。
まず、パリのPalais de Tokyoで展示されたこの像は本物だよ!天井からぶら下がっているのじゃなくて、見た目の通り鼻に立っている。重そうに見えるが、カタログを見たら実はほとんど空っぽで、相当な技術が必要だったでしょう。(剥製とは関係ないが、ほかにも変わった作品がいくつかあった。猛スピードで壁にビール瓶を撃つ機関銃みたいな機械とか、たくさんのDarth Vader がいっぱい入っていた部屋。それ実態はどうでもいいかもしれないが、フランスでは彼の名前は違っていて、Dark Vador という発見にすごくびっくりした。)
剥製の話に戻るが、タイのホアヒンに変な革製品のお店を見つけた。靴やベルトやバッグをオーダーメイドもできると書いてあったが、閉店のあとだったから実際には入れなかった。ワニやダチョウなどの(革製品として)ありがちな動物以外にもスティングレイやキリンもいる、そしてなんといっても間中にいるのはシーラカンスじゃありませんか!シーラカンスの靴なんかはいったいいくらするのだろう。
しかし、オーダーしても日本に持ち込んでいいのかどうかはまた別の問題。

Monday, July 21, 2008

パリ、シャツと食事

パリに行ったのは、もちろんマスタードが本来の目的じゃなかった。いつものアートを別として、シャツと食事だった。シャツに関しては、僕を見たことのある読者がわかると思うが、日本にはほとんど服が買えない。特に腕が長いからシャツや上着がほぼ不可能だ。しかし、残念ながらその問題は日本だけじゃない。スウェーデンとかにはサイズはたまにあるが、面白いものやおしゃれなものはあまりない。(そもそも、スウェーデンは日本人のイメージと違って、あまりおしゃれしない国だから。)特に今年は非常に地味で、白、黒、青のワンカラーのシャツしかなくて、柄物がまったく見かけなかった。つまらないな。
でもパリにはあった!少なくともシャツは。(ジャケットも探したが、どうも僕のサイズのジャケットはファッションの都のはずのパリには1着もないみたい。僕の体形のフランス人がいないのか。やっぱりいないかも。後で、すごくいいジャケットをロンドンで見つけたが、それは別のとき紹介する。)
日本やスウェーデンの紳士服売り場に地味なものしかなければ、パリの男たちは派手な柄物や真っ赤やドピンクを好んで着るみたい。(下着もそんな感じ。)よかったね、僕にとって。
気に入りのフランスのブランドのNodusは日本に僕のサイズを輸入するのをやめた(うらぎりものだ!)から、パリに探すしかないと前から決めていたが、意外と難しかった。店舗は何件もあるが、いつ通り過ぎても「昼休み中」とか「すぐ戻ってきます」のようなメモが窓に貼ってあって閉まっていた。実はNodusだけじゃなくて、パリのお店の時間感覚は一般的にかなりアバウトみたい。そしてやっと開いているところを見つけたら今回のコレクションはちょっと微妙だったな。友達がよく僕をからかって、僕の趣味のシャツは「シャツ」じゃなくて「男性ブラウス」だといっている。まあ、そうかもしれないが、だからといって本格的な女装まではしたくない。決して安くないということもあって、結局、比較的に素直な1枚しか買わなかった(写真の1番右)。
でも夜ぶらぶらしているとき、偶然に閉まっているお店の窓にもう一つのすごいブランドを見つけた!「やわらかいコットン」の意味の Coton Doux。ホテルに戻ってから早速ロビーのパソコンでそのブランドの売店を探して、メモして、そして次の日行ってみた。やっぱり大当たり!男性ブラウスオンパレードだった。ほしいのがいっぱいあって選ぶのがたいへんだったが、結局写真の左からの3つを買った。扇風機のやつ、ちょっとかわいい緑色の水玉のやつ、そしてこの前にも紹介したスクーターのやつ。エレキギターのは残念ながら僕のサイズがもうなかったが、代わりにエレキギターのパンツを買った。
ただ、日本に戻ってきてからは長袖のシャツを着るのにとても暑すぎて、まだ一度も着ていない。やっぱり10月ごろまで待たなきゃ。
*
おしゃれとともに、パリ人は食事もとても大事にしている。入ってみたいレストランは山のようにあったが、最初の夜はいきなり昔のままのインテリアで有名な、パリを代表するブラッセリの Bofinger へ。すべてのガイドブックに進められているから当然観光客が多いが、パリ人もたくさんいたから安心した。そしてやっぱり伝統を裏切らないでうまかった。
Foie gras with champagne jelly and a glass of excellent Gewürtztraminer
オードブルには(好物の)フォアグラにチャンパンのゼリー。
ウェイターのお勧めのゲヴュルツトラミネルもぴったり。
Duck breast grilled to perfection, served with porcini-stuffed mashed potatoes
メインの鴨肉の焼き加減は絶妙。さすがだね。でも一番うまかったのは、なんと写真の後ろのほうにあるマッシュポテトだった!口に入れるまでにはわからなかったが、実はポルチーニがいっぱい入っていて、涙が出るほどおいしかった。簡単そうだけど、今まで聞いたことのないアイディアで本当にすばらしい発想だ。
ヨーロッパだからそれぞれの一品の料は半端じゃなかったが、当然デザートも食べた(アプリコットのフラン、しかも一人分として出たものは日本なら4人分になっただろう)が、満腹のせいかなぜか写真を撮るのを忘れてしまった...
*
Bofinger もよかったが、今回の旅で一番気に入ったレストランは今、パリでもっとも注目されている(らしい)地区の一つ、Canal Saint Martin のすぐ近くのところ。僕はいつも町をぶらぶらするとき、おなかがすいていなくても、さっき食べたばかりのときでも、通り過ぎるレストランのメニューをチェックしたりするくせがある。面白そうなもの、食べたことのない食材や組み合わせがあれば、「またここに来よう」と頭の中にメモしておく。ここはまさにそういうところだった。おまけにその名前は "Et dans mon coeur il y a..." (「そして私の心の中には...」!一日目見て、二日目食べに行ったが、やっぱり当たりだった!
インテリアもよさそうだったが、夏だから結局外のテーブルにした。同じように、印刷されたメニューにはおいしそうなものもいっぱい載っていたが、結局黒板に書いたその日のメニューにした。正解だった。
まず、オードブルはハドック(白身魚)と青林檎のタルタル。組み合わせは新鮮だが、味はだいたい予想通りの「白身魚と青林檎」の感じ。お皿はどうもフランスでも日本の四角いお皿がおしゃれとされている。
Tartar of haddock and Granny Smith
メーンは僕が最近はまっているホホ肉。今回は豚のホホ肉のハチミツとローズマリーの煮込み。それと一緒に出たのはサフラン風味のポレンタ、とまた珍しい。それぞれの(小さい)鍋ででてきたが、なぜか食べるお皿がなくて、直接鍋から食べるはずだ、とちょっと変わっていた。まあ、僕はそういうことに抵抗ないけど。とにかくうまかった!ホホ肉はかなり甘かったが、ポレンタに合わせるとちょうどよかった。ポレンタは普通、あまりおいしくないと思うが、サフランが入ったことによって別世界のものになった。両鍋をきれいに空っぽにした。
Pork cheeks with honey and rosemary, served with saffron polenta
デザートの演出もまたおしゃれだった。パッションフルーツのゼリーにパッションフルーツのムース、そして一番上にはパッションフルーツの殻から炎が上がるラム酒。(その最後は味的にちょっと余計だったかもしれないけど。)
Passion fruit jelly and mousse...
しかも、「台」はラヴァーランプのようなもので、色が赤→緑→青に変わったりした。なかなかやるね。
... on a lava lamp coaster

Tuesday, July 08, 2008

マスタード

マスタードガ好き。いつも冷蔵庫には数種類ある*し、おいしそうな新しい種類をどこかで見つければそれも買ってみる。(以前、このブログにもイチジクマスタードを紹介したことがある。)味がなかなか想像できないものもある。たとえばくるみのマスタードはなぜかカレー粉の味がするとか。でも残念ながら、日本ではマスタードはそんなに人気ないのか、あまりたくさんの種類は見られない。ところが、パリはすごい!
マスタードの大手の Maille 社は自分のお店まで持っている。普段でも20種類以上のマスタードもあるが、さらに季節限定のものもある。ショーウィンドーに見えるのは今年の「春夏限定」の4種類:山羊のチーズとドライトマト、ペストとルッコラ、パルメサンとバジリコ、そしてサフランとアニス。どれもおいしそう!
でもグルメのメッカのLafayette Gourmetへ行ったら、もっとすごかった。Maille社のものはもちろんだが、それ以外のブランドのものもあって、全部で100種類以上あったんじゃないかと思う。長い旅の途中だったから重いものを買うのは無理で、オレンジのマスタードやしょうがのマスタードなども気になったが、いろいろ悩んだ末にこの2種類にした。
左のほうは名前で選んだ。 "Trompettes de la mort" は一種のキノコだが、直訳するとなんと「死のラッパ」になる!そんな名前にもかかわらずもちろん毒キノコじゃなくて、おいしくて高級な種類だそうだ。(ちなみに、日本語名は「クロラッパタケ」だそうだが、日本では聞いたことも見たこともない。)
そして右のほうは一番ありそうもない、ココアのマスタード!

しかし...
どちらもイマイチだった。キノコのほうは黒い粒が入っているがマスタードに負けて、結局普通のマスタードの味とほとんど変わらない。後味はちょっとカビ臭いだけ。まあ、使えないことはないけど。
でもココアのほうはお酢が強すぎて、やっぱりすごく変な味。「チョコレート・ヴィネガー」といった感じ。相当なクセモノだから、一体なにに使えばいいのだろう。少なくともステーキには似合わなかった。

* 今あるのは、普通の黄色の(辛目の)ディジョンのマスタード、緑色のタラゴンのマスタード、赤紫のカシスのマスタード(これこそステーキに赤ワインに最高!)、くるみのマスタード、そしてDean & Deluca のMesquite入りのマスタード(高かったけど、これも変な味であまりおいしくない)。

Monday, July 07, 2008

Blow-upごっこ

Blow-up という、60年代を代表する、ものすごくおしゃれな映画がある。("Blow-up"は映画のテーマである「拡大」の意味なのに、日本語名はなぜか「欲望」、とあいまいすぎて、つまらない。やっぱり日本に映画を入れる・翻訳する会社は英語が録にわかってないのは昔も今も変わらない。)
David Hemmings が演じる売れっ子のファッションの写真家は...
... ある日、公園に入って写真を撮るが...
... 家に戻って拡大してみると、知らないうちに殺人も撮ってしまったことがわかる。
そしていろんな事件に巻き込まれるが、60年代の映画だから、はっきりした解決はなくて、なぞのままで終わってしまう。(だからこそ(だと思うが)今見ても面白いし、何回見ても新しい発見がある。まあ、美女も多いし、音楽もいいし、細かいところの遊び心も、「ストーリー」を別として楽しむところがいっぱいある。)
*
その映画に使われた公園はロンドンの郊外にある、Maryon Park というところ。あまり変わっていないということを聞いて、前から好奇心があったから、このあいだロンドンにいたとき行ってみようとした。
ところが、ロンドンの中心部からは南東に(電車やバスで)1時間も離れているCharltonにはあるが、Charltonにはほかのもっと広くてもっと有名な公園もたくさんあるし、非常にマイナーなMaryon Park にかぎっては目印になる何かはなにもないし、地図にはろくにマークされていないし、現地の人さえよくわからなかったから、探すのがなかなかたいへんだった。でもバスの運転手さんも助けてくれて(なんと無線で調べてもらった!)、やっと見つけた。そしてやっぱり40年たってもほとんど変わっていないみたい。本当に妙なくらい「なにもない」公園だ。メーンの芝生は整っていたし、映画にも登場するテニスコートはそのままだったが、いい天気だったのに人は数人しかいなかった。


でも少しだけわき道に入ると、数人どころか、人の姿が完全になくなってしまう。というか、最後だれかがそこに行ったのはいつだったのだろう、と不思議に思うほど草さえカットされていなかった。(イギリス人は普通、そんなことに非常にまめなのにね。)郊外とはいえ、大都会の中にはそこまで「人がめったに訪れない」ところがそんなにないだろう。ここなら死体が茂みの中に落ちても、しばらくは見つからないかもしれないね。
ほかの死体っぽいものは一応見当たらなかったから、自分で「死体ごっこ」をするしかなかった。さて、これらの写真のどこにいるのだろう?

*
"I thought you were supposed to be in Paris."
"I AM in Paris."

Sunday, July 06, 2008

Gasmask för höns

Fr.v. Träfrack på visping, Marty Snout Lethargie på harv & tryne, Jerry Harv på harv
(Bilderna tagna av Elisabeth Mansén)

En variant av det anrika gamla popbandet blago bung gjorde nyligen en oväntad comeback i samband med firandet av Jonas Ellerströms 50-årsdag. Med tanke på att vi inte spelat ihop på över 20 år (och knappt spelat över huvud taget var för sig heller) gick det rätt bra. Fyra låtar revs av: de gamla favoriterna Wittgenstein och Helsingfors, I hajars djupa vatten med I. Pegleg på strut och Kalaspinglorna på bakre vokaler, samt inte minst en helt nyskriven sak av Martti vid namn Tillbaka till Lacoste.
Fortsättning följer eventuellt nästa år eller så. (Och någon gång ska jag göra färdigt den bung-hemsida jag började tillverka för flera år sedan...)
*
昔のバンドは20数年ぶりに一晩だけ復活した。でも楽しかったからまたいつかやるかもしれない。

Detaljstudie av i Paris för ändamålet inhandlad skjorta.
Det faktum att vespa = wasp = visping var faktiskt inget jag tänkte på.
スズメバチ、その1。パリで買ったシャツの模様。
Kultsynt inhandlad 1979. Fungerar fortfarande!
スズメバチ、その2。1979年に買った、今は超カルトのシンセ。まだちゃんと動いているよ!
Vespa も Wasp も「スズメバチ」の意味だが、計算したものじゃなくてまったくの偶然だった。

Gasmask för höns, utvecklad av brittisk militär under andra världskriget
för att hönsen inte skulle sluta värpa ens under en giftgasattack. (Jodå, verkligen.)
イギリス軍が第2世界大戦に開発した雌鳥用のガスマスク。
(上のバンドの記事とは関係なさそうだが。)

Sunday, June 29, 2008

戻ってきた

長くて、超忙しい「里帰り」から戻ってきた。行きにはバンコクにも寄ったし、スウェーデンはルンドとマルメ、デンマークのコペンハーゲン、さらにパリにもロンドンにも行ったし、そして帰りにもまたバンコクとホアヒンにも寄った。ギャラリーや博物館は例によって見すぎたし、いろんなものを食べたし、面白いシャツを買ったし、ライブを見たし、そしてなんといっても自分でも20数年ぶりのライブをやった...


というわけで、ネタはかなり多いが、スウェーデンにいるあいだは接続が非常に不安定でまったくアップできなかった。でも今はまた日本にいるから時差ぼけさえ取れれば少しずつアップする。

Saturday, May 24, 2008

オレンジの鼻水、ミドリの鼻水

また長いあいだアップしなかったね。4月の始めには Tokyo Art Week という大きなイベントがあったが、それについてもちろん書くつもりだったが、アートフェアの2日目で風邪で倒れてしまって、ネタがあっても熱もあったからなかなか書くことにならなかった。でもいつか書くかもしれない、7月に「4月のアート」とか。まあ、そういうブログだから。
しかし、今年の風邪はしつこかった。最初の風邪は2週間以上かかって、やっと治ったと思ったら3日後は別の種類の風邪を引いてしまった。それもやっぱりしつこくて、合計5週間は台無し。面白いことどころか、ほどんど外へ出なかった。ちなみに、違う風邪の証拠の一つは最初の風邪は右の鼻の穴から大量のオレンジ色の鼻水がでた(ちょっとやばそうだよね、それ)のにたいして、二つ目は左の花の穴から緑色の鼻水が出た。つまり、菌が違っていたわけ。どうでもいいか。

さて、それを別として、実は明日から例年より1ヶ月早めのスウェーデンへの旅行だ。いつものようにタイ航空で行くから、明日はまずバンコク。そのあとはスウェーデンだが、パリやロンドンも回る予定だ。パソコンの接続の問題さえなければ、ちゃんと写真付きの報告をするつもりだよ!

Wednesday, April 02, 2008

Sakuramochi

En post på svenska, minsann! Det händer ju inte så ofta, men jag fick plötsligt lust att beskriva en säsongsvara som jag är mycket förtjust i men som tyvärr är av den typ som aldrig går att ta med sig på flyget.
Jag åt igår en (eller rättare sagt flera) sakuramochi, som är en sorts japansk kaka gjord på bönmassa (det brunlila joxet i mitten) invirad i en riskaka (den rosa biten) som i sin tur är inlindad i ett inlagt körsbärsträdsblad. Det är alltså frågan om bladen från själva trädet som är inlagda i en saltlag, och inte blommorna som annars också blommar på full patte för ögonblicket som stora sjok av spunnet socker (och som är så populära i Japan därför att de blommar så kort tid. De dör i den bokstavliga blomman av sin ungdom - oh så vackert! - tycker de dödsfixerade japanerna). Men även de gröna bladen doftar.
Och hur smakar kakan då? Tänk ättiksgurka i marsipan med en lätt anstrykning av tvål. Som många andra delikatesser här i världen är det kanske en acquired taste, men det är inte dumt.

Friday, March 21, 2008

スターリン主義のブレードランナー

昨日、約20年ぶりに「ブレードランナー」を見た。(本当は「2001年」を見るべきだったかもしれない。先日、その原作の作家のSFの巨匠の Arthur C. Clarke が亡くなって、僕がSF少年だった10代のころ彼の本が結構好きだったけど、あの「傑作」とちやほやされた映画は実はいつも退屈に思った。それも結局20年も見ていないが。でもブレードランナーの話に戻ろう。)
元々1982年の映画で、出たときはすごく気に入っていた。発表された週に2回も見たほど。しかも、それはビデオがまだあまり普及していなかった時代だったから、映画館での2回だよ!でも昔のSF、つまり「近代の未来」の年の取り方が不思議なものだ。今見ると興奮するよりもおかしくて笑ってしまうところが多かった。「クラッシク」とされているが、見たことがない人は今さら見てもしょうがないんじゃないと思う。また、1982年からは世界もハリウッドもものすごく変わってきたが、それもだいたいあまりいい方向へじゃない。だれのせいか、ハリウッドに関しては昔のスターリン時代のソ連みたいに始終歴史をそのときの都合に合わせて書き直したりすることになった。スターリンの場合は百科事典の永遠の編集のやり直しが有名だ(都合が悪くなった人物が登場する記事が消されたり、昔のグループ写真からもいなくなったりした(Photoshop の前の時代ではすさまじい作業だっただろう))。Photoshop時代のハリウッド(やアメリカの政府)の場合、歴史そのものの都合の悪いところを勝手に書き直したり、リメークしたり、取り直したりする。そしてますますバカになってきた普通の人々の記憶が15分にも及ばなくなったから、とんでもない「書き直し」でも意外と通じてしまう。
そして似たような現象で昔の映画もほうっておいてできないみたい。(それとも、それはただ監督が大人になりきれないからなのかな?)この「ブレードランナー」も沢山のヴァージョンがある:最初の劇場公開版(そもヨーロッパ版とアメリカ版も違うらしいし)、いくつものビデオ版、"director's cut"、ワークプリント、そしてこのあいだ出た、昨日見た"Final cut"。でもだからといって、本当に「最後のヴァージョン」とも限らないし、別によくなったわけでもない。レプリカントの役の Rutger Hauer は今でもすごくかっこいいけど、刑事役のHarrison Ford はまったく迫力がなくなってしまって、ダサいぐらいだ。1982年にはそれなりの迫力があったような気がするけど。
でももっと面白いのは1982年の未来像だ。当時の欧米のなかでは日本のものはものすごくおしゃれだった。しかも未来的、最先端的な種類のおしゃれだった。音楽はYMO、ファッションは三宅一生などなど。(僕が始めて日本に来たのは1983年だが、それももちろん偶然じゃない。)この映画の(より複雑で哲学っぽい)原作の作家の Philip K. Dick も映画の監督の Ridley Scott も、「近未来のアメリカはきっと日本っぽくなる」と思っていたことは間違いない。(残念ながら、その逆になってしまった。アメリカはますますアメリカくさくなって、日本は近未来っぽさを失ってアメリカっぽくなってしまった。僕にいわせると、それは日本だけじゃなくて、全世界にとってももったいないと思うが、そのあたりについて何百ページも書けるから別のときにする。)
監督や映画のデザイナーたちは本当に日本に行ったかどうかはわからない。ハリウッドらしく、行く必要を感じないで、当たり前のように勝手に「ジュペーン」を想像していたかもしれないが、あの空に浮いている大きな広告用の画面は新宿のALTAのスクリーンの影響を受けたとよく言われる。今では町中の大きな交差点に大型スクリーンがごく普通になったが、当時は全世界にあの新宿のスクリーンしかなかったみたい。僕も始めて新宿へ行って実物を見たときはやっぱり「すごい!」と思った。でもほかのところにかんしては、いくらほかの文化に「関心」を持っていても、軽視してしまう、というハリウッドの相変わらずのパターンが目立っている。変な漢字、日本語のつもりの中国語とか。「コルフ月品」とか。まあ、SFだからどうでもいいかもしれないけど。
Sean Young が演じる「恋の対象」のレプリカントも不思議。当時、すごい美人だと思って、ちょっとほれ込んだぐらいだったが、今は声が耳障りだった。趣味が変わるな。美人は美人かもしれないが、あの髪型!あのメーク!!そしてあの横幅の肩パッド!!!は80年代にしかありえなかった。ストーリーの舞台の2019年までに復活するのかな。まさか。彼女がタバコを吸うのもちょっと以外だ。1982年にはタバコの時代の終わりをだれも予測できなかったのか、ということだね。